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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4199号 判決

原告

ゼ・カアルトン・タイヤ・セエビング

コムパニイ・リミツテツド

旧特許法(大正十年法律第九十六号)第十六条の規定による代理人

草場晁

金丸義男

右訴訟代理人

中松澗之助

能村幸雄

中村稔

松尾和子

被告

羽立工業株式会社

被告

横浜合成樹脂工業株式会社

被告

美津濃株式会社

被告

ユチダ商事株式会社

右被告四名訴訟代理人

清瀬一郎

内山弘

主文

一  被告羽立工業株式会社は、別紙目録第八図面並びにその説明書記載の可塑物製羽子を、被告横浜合成樹脂工業株式会社は、同目録第一図面から第三図面、第七図面及び第八図面並びに各その説明書記載の可塑物製羽子スカート部を、それぞれ生産、譲渡してはならない。

二  被告美津濃株式会社及び被告ユチダ商事株式会社は、同目録第一図面から第三図面、第七図面及び第八図面並びに各その説明書記載の可塑物製羽子を譲渡してはならない。

三  被告羽立工業株式会社及び同横浜合成樹脂工業株式会社は、各自、原告に対し、金五百九十七万八百九円七十五銭及びこれに対する昭和三十四年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告羽立工業株式会社 同横浜合成樹脂工業株式会社及び同美津濃株式会社は、各自、原告に対し、金三十七万八千四百七円三十銭及びこれに対する昭和三十四年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告羽立工業株式会社、同横浜合成樹脂工業株式会社及び同ユチダ商事株式会社は、各自、原告に対し、金十七万九千八百三十二円五十五銭及びこれに対する昭和三十四年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

六  原告のその余の請求は、棄却する。

七  訴訟費用は、十分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

八  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することがである。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「一 被告羽立工業株式会社(以下「被告羽立」という。)は、別紙目録第四図面から第六図面及び第八図面並びに各その説明書記載の可塑物製羽子を、同横浜合成樹脂工業株式会社(以下「被告横浜合成樹脂」という。)は同目録記載の可塑物製羽子をそれぞれ生産、譲渡してはならない。二 被告美津濃株式会社「以下美津濃」という。)及び同ユチダ商事株式会社(以下「被告美津濃」という。)は、それぞれ、別紙目録記載の可塑物製羽子を譲渡してはならない。三 被告羽立及び被告横浜合成樹脂は、各自、原告に対し、金七百三十三万五千九十円及びこれに対する昭和三十四年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。四 被告羽立、被告横浜合成樹脂及び被告美津濃は、各自、原告に対し、金四十五万円及びこれに対する前同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。五 被告羽立、被告横浜合成樹脂及び被告ユチダは、各自、原告に対し、金二十三万円及び前同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。六 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求は、いずれも棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた

一  原告の特許権

原告は、次の特許権の権利者である。

特許第号 第一九五、七四七号

発明の名称 可塑物製羽子

出  願 昭和二十六年三月七日

出願公告 昭和二十七年六月三日

登  録 同年八月二十八日

万国工業所有権保護同盟条約に従い、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国において、千九百五十年(昭和二十五年)三月二十三日された特許出願に基づき優先権主張。

二  特許請求の範囲

本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は、別紙特許公報該当欄記載のとおり、「本文に詳記し且つ図面に示した様に、支幹はそれから延長し且つそれと同体の多数の力骨を有するスカートとから成る羽子」となつている

三  本件特許発明の要部

本件特許発明は、羽子(バドミントン用シヤトルコツク)に関するものであり、その要部は、(1)羽子は、頭部とスカート部とかり成り、(2)そのスカート部は、互に同体な支幹を有し、(3)この支幹は、支幹の延長体であり、かつ、支幹と同体である多数の力骨を有する、というスカート部の構造にあり頭部とスカート部とが同体であることは要件ではない。このことは、本件特許請求の範囲及び発明の詳細なる説明の記載等から明らかである。すなわち、

(一) 本件特許請求の範囲の記載は「支幹はそれから延長し且つそれと同体の多数の力骨を有することを特徴とする」までの前半と、以下「頭と互に同体な支幹を有するスカートから成る羽子」の後半とから成つている。

(二) しかして、前半の「支幹はそれから延長し且つそれと同体の」とある二つの「それ」は、いずれも「支幹」を指すものでありしたがつて、「支幹は……の力骨を有する」と解されべきである。また、「……を特徴とする」は、文章の意味から、文章の最後の「羽子」にかかるものとせざるをえない。したがつて、前半の記載は、結局、「支幹は支幹の延長体であり、かつ、支幹と同体である多数の力骨を有することを特徴とする羽子」と理解すべきである。

(三) 次に、後半の「頭と互に同体な支幹を有するスカートとから成る羽子」の記載は、いわゆる並置構文であるから、「頭と」、「互に同体な支幹を有するスカートと」から成る羽子と読まれるべきである。これを換言すれば、この羽子は「頭とスカートとから成る羽子」であり、このスカートは「互に同体な支幹を有する」ものであると限定されているのである。したがつて、頭とスカートとが互に同体なのではなく、支幹同志が互に同体なのである。頭と支幹とが同体であるとすると、「スカートと」の「と」は全く不用の文字となる。

(四) 本件明細書の発明の詳細なる説明の項には、

(1) 従来の羽子のスカート部は十数枚の天然羽毛で構成されていたので、製造が繁雑であるのみならず、こわれ易い欠点を持つていたが、「本発明の目的は可塑物製羽子の有孔スカート部を一片に製造せんとするにある」(明細書表左側上から十二行目)と述べて、スカート部を一体に形成することが本発明の目的であるとし、

(2) 「羽子スカートを必要に軽く丈夫に且つ風の透過に対し抵抗性にするには、スカートに小さな孔を無数に設け、孔の周りの材料を肉厚の支幹で支えて初めて得られる」(同表左側上から十五行目より)と述べて、本発明の新規な知見がこうしたスカート部の構造にあることを明らかにし、

(3) また、インヂエクトモールデイングによる製造方法について説明したのち、「上記の方法を使用すれば成型するとき羽子を固着することなしに互に適合する製造法を用いることができ一回の成型操作で良好な出来上りに必要な孔を持つた羽子スカートを完成することがである」(同表右側上から六行目より)と述べ、スカート部に本件特許発明の要部のあることを明らかにしている。

(五) 本件明細書には、さらに「頭1は支幹2と同体であり」と図面について説明したのち、「頭を支幹と同体に成型することは有用であるが通常コルク頭を第一図の間のスカート部に固着することができることは明らかである」(同表右側下から七行目より)と記載されているが、この意味は、「図面のように、頭と支幹とを同体に成型する方がよいけれども、そのようにしなくとも、たとえば従来のように、通常のコルク頭を、別に成型したスカート部分(図面でいえば第一図の56間に相当する部分)に固着することもできる」趣旨と解すべきであることは、文章自体から明白であるばかりでなく、明細書がその発明の詳細なる説明の項において、前記(1)に述べたとおりまず発明の目的効果その他を詳細に述べて本件特許発明の要部がスカート部にあることを明らかにし、次いで、前記のような図面の説明をし、さらに右引用の記載に及んでいることに徴しても、まことに明らかである。

四  被告らの羽子

被告らは、後記のとおり、別紙目録記載の各羽子を生産、譲渡しているが、これらの羽子は、いずれも頭部とスカート部より成り、かつ、そのスカート部は、前記本件特許発明の要部を構成する構造を有しているから、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。もつとも、これらの羽子においては、頭部とスカート部とが別体になつているが、前記のように、頭部とスカート部とが同体になつていることは本件特許発明の要件ではないから、そのスカート部の構造が前記のとおりである以上、頭部とスカート部とが別体であつても、これが本件特許発明の技術的範囲に属することに変りはない。

五  差止請求

被告横浜合成樹脂は、昭和三十一年四月から、別紙目録記載の可塑物製羽子のスカート部を生産し、これを被告羽立に譲渡し、被告羽立は、これに頭部を取り付けて完成品としたうえ、運動具屋、玩具屋及び貿易商社等に譲渡し、被告美津濃は、その頃から、被告ユチダは昭和三十三年四月から、いずれも前記可塑物製羽子を被告羽立より仕入れて他に譲渡しており、原告の度々の警告にもかかわらず、いずれもこれが生産又は譲渡を継続しているので、原告は、本件特許権に基づき、被告らに対し、請求の趣旨第一項及び第二項記載のとおり、前記侵害行為の差止を求める。(被告羽立に対しては、別紙目録第一図面から第三図面、及び第七図面のものは、別訴で、その生産、譲渡の禁止を求めているので、本件では、これを除外する。)

なお、被告の主張の強制実施許諾の審決があつたことは認めるが、右審決に対して、原告は、東京高等裁判所にその取消の訴を提起し(同裁判所昭和三六年(行ナ)第六号事件)、事件は現に同裁判所に係属中である。

六  損害賠償請求

(一) 被告らの権利侵害及び故意過失

被告らが、別紙目録記載の構造の羽子を生産、譲渡することは、原告の本件特許権を侵害するものであるところ、本件特許権は同業者間に広く知られているものであり、かつ、被告羽立の代表者中村豊は、バドミントン競技用の羽子に関する多数の特許権、実用新案権を持つており、また、運動具店である被告美津濃も、また、運動具につき多数の特許権、実用新案権を持つており、被告ユチダは、原告の警告を受け、また、原告と被告羽立間並びに原告と被告美津濃間の別訴について度々新聞紙上に報道されたこと等よりして、被告らは、その生産又は譲渡の当初から、原告が本件特許権を持つていることを熟知していたものであるし、また、仮にこれを知らなかつたとしても、必要な注意を怠らなければ容易に知りうる状態にあつたのであるから、被告らは、故意又は過失により本件特許権を侵害したものであり、したがつて、被告らは、この侵害行為により、原告の受けた損害を賠償する義務があるものである。

(二) 損害額

被告横浜合成樹脂は、昭和三十一年四月から、本件可塑物製羽子のスカート部を生産してこれを被告羽立に譲渡し、被告羽立は、これに頭部を取り付けて完成品とし、他に譲渡したものであるが、昭和三十一年六月一日から昭和三十四年五月末日まで、同被告らが生産、譲渡した羽子の数量は、合計七十七万千九百六十九打、代金合計金一億六千三十万千八百円である。このうち、(一)三万七千百九十一打、代金合計金九百万円は、右期間内に被告羽立が被告美津濃に譲渡し、被告美津濃がさらに一般に譲渡したものであり、(二)二万六千六十一打、代金合計金四百六十万円は、被告羽立が被告ユチダに譲渡し、被告ユチダがさらに一般に譲渡したものであり、(三)その余の七十万八千七百十七打、代金合計金一億四千六百七十万千八百円は、被告羽立が被告美津濃と被告ユチダとを除くその他の一般の運動具問屋、玩具問屋、貿易商社等に譲渡したものである。

しかして、原告は、被告らの前記侵害行為により、原告が本件特許発明の実施の対価として通常受けるべき金銭の額、すなわち、実施料額相当の得べかりし利益を失い、したがつて、同額の損害を蒙つたものというべきところ、右実施料の額は、羽子の卸売価格の五パーセントをもつて相当とするので、前記(一)から(三)の行為につき、それぞれの共同不法行為者である各被告に対し、連帯して、各その五パーセントに相当する金額と同額の損害賠償、すなわち各被告らに対し、請求の趣旨第三項から第五項掲記の各金員及びこれに対する右不法行為ののちである昭和三十四年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(答弁等)

被告ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求原因等第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実は否認する。本件特許発明は、(1)頭と支幹と力骨の三者が同体であること、(2)その力骨が少くとも二つ又はそれ以上の多数であること、を要件とするものである。

もつとも、本件特許請求の範囲、発明の詳細なる説明の項に、原告主張のような記載のあること及び特許請求の範囲の記載の前半が原告主張のとおり文意であることは争わないが、本件特許請求の範囲の記載の後半の文意は、原告の主張するようなものではなく、そこに、「頭と互に同体な支幹を有するスカートから成る羽子」とは、一読して明らかなように、頭と支幹、したがつて、スカートとも同体な羽子を意味するものである。頭と支幹とが同体であることは、明細書にその旨記載されており、被告らの解釈が正しいことを裏付けている。すなわち、特許請求の範囲の記載のはじめに「本文に詳記し且図面に示した様に云々」と表示しているが、その図面には支幹やスカートが同体なものが描かれている。のみならず、明細書一頁右欄十二行目以下には「頭1は支幹2と同体であり、支幹は又多数の力骨3、4と同体であり云々」と記載されている。また、発明の詳細なる説明の項中原告指摘の「頭1は支幹2と同体であり……」との記載は、まさに被告の主張を裏付けるものであり、頭と支幹と力骨と同体に、すなわち、三位一体に成型することが原告の特許発明の要件である。なるほど、「頭を支幹と同体に成型することは有用であるが、通常のコルク頭を5、6間のスカート部分に固着することができることは明らかである」との記載はあるが、このようなコルク頭を5、6間に固着するものは、本件特許発明の技術的範囲より除外しているものと解すべきものである。

四  同第四項の事実中被告らが生産、譲渡した羽子の構造が、別紙目録記載のとおりであることは認めるが、その余は否認する。被告らの羽子は、いずれも被告羽立の有する特許第二三三、八九二号の特許権の実施品である。

しかして、原告の特許発明の技術的範囲は、前記のとおり、頭と支幹と力骨の三者が同体であり、その力骨が少くとも二つ又はそれ以上の多数であることを要件としているところ、被告らのものは、頭部と羽根体が別体であり、原告の二つ以上の力骨に相当するものを備えていないから、原告の特許発明の技術的範囲には属しない。このことは、被告らの実施にかかる前記特許第二三三、八九二号の特許明細書一頁左欄下より六行日に「従来プラスチツク製のバドミントン競技用シヤトルコツクは、特許第一九五、七四七号に存するけれ共、これは羽根体と頭部が一体に造られている為、本発明における天版に相当する、ものがないから実際競技において打球した際、所謂腰が弱く羽根体が平たく歪潰して飛翔し云々」とあることからも明白である。

五  同五項の事実中、被告らが原告主張の時期から原告主張のバドミントン競技用シヤトルコツクを生産、譲渡してきた事実(ただし、目録第四図面から第六図面のものについては昭和三十四年二月末日まで)は認めるが、その余の事実は争う。

仮に、被告らの製品が本件特許発明の技術的範囲に属するとしても、被告らの製品は、前記のとおり、被告羽立の有する特許第二三三、八九二号の実施品であり、同被告は右特許発明を実施するため本件特許発明を実施できる旨の強制実施許諾の審決を得ているから、被告らは、原告から本件差止を受けるいわれはない。

六  同第六項の(一)の事実中の権利侵害、故意過失の点は否認するが、その余は争わない。被告羽立の生産、譲渡した羽子は、前記のとおり、被告羽立の権利に属する特許第二三三、八九二号の実施品であるから、被告羽立には原告主張のような故意過失はない。

被告横浜合成樹脂は、被告羽立の依頼により、同被告の有する前記特許権の権利行使として正当に生産しうるとの確信のもとに、本件羽子のスカート部を生産、譲渡したもので、故意過失はない。被告美津濃は、被告羽立の権利に属する製品であるから差支えないものと信じて本件羽子を譲渡したのであり、原告主張のような故意過失はない。被告ユチダは、主として、輸出を業とする会社であるが、右と全く同一理由により、本件羽子を譲渡しても差支えないものと信じて輸出したものであり、同被告に原告主張のような故意過失はない。

七  同第六項の(二)の事実中、原告主張の期間に、被告らが生産、譲渡した本件羽子の数量、代金が原告主張のとおりであること及び原告の本件特許の相当実施料額が羽子の卸売価格の五パーセントであることは認めるが、その余は否認する。原告主張の販売代金には梱包費及び運搬費が含まれているが、前記相当実施料額計算の基礎である卸売価格は、右費用を差し引いた額とすべきであり、右費用を差し引いた代金額は、原告主張の(一)(二)(三)につき、それぞれ次のとおりである。

数   量    代   金

七十七万一千九百六十九打 一億三千五十八万九百九十三円

(一) 三万七千百九十一打 七百五十六万八千百四十六円

(二) 二万六千六十一打 三百五十九万六千六百五十一円

(三) 七十万八千七百十七打 一億千九百四十一万六千百九十五円

第三  証拠関係<省略>

理由

(争いのない事実)

一原告がその主張の特許権の権利者であること、本件特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載が、原告主張のとおりであること、被告羽立が別紙目録第八面図並びにその説明書記載の可塑物製羽子を、その余の被告らが、別紙目録第一図面から第三図面、第七図面及び第八図面並びに各その説明書記載の羽子(ただし、被告横浜合成樹脂においては各羽子のスカート部のみ)を、原告主張の頃から、それぞれ生産、譲渡又は譲渡していること、昭和三十一年四月から、被告横浜合成樹脂は右羽子のスカート部を生産し、これを被告羽立に譲渡(納入)し、被告羽立はこれに頭部をつけて完成品として、他に譲渡し原告主張の期間内に、右両被告が生産、譲渡した羽子の数量、代金額が原告主張のとおりであり、その右期間内に、被告羽立が被告美津濃、被告ユチダ及び右両被告以外の運動具問屋、玩具問屋、貿易商社等に譲渡した羽子の数量、代金額が原告主張のとおりであること、及び原告の本件特許発明の相当実施料が各羽子の卸売価格の五パーセントであることは、いずれも当事者間に争いがない。

(本件特許発明の要部)

二前掲当事者間に争いのない本件特許の特許請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第一号証(本件特許公報)の記載とくに、「発明の詳細なる説明」欄の記載を参酌して考察すると、本件特許発明は、可塑物製羽子の構造に関するものであり、

(一)  羽子は、頭と可塑物製スカートから構成されていること、

(二)  右スカートは互に同体な支幹を有すること、

(三)  右支幹は、支幹の延長であり、かつ支幹と同体である多数の力骨を有すること、

を、その構造上の要部としているものであり、このような構造とすることにより、可塑物製羽子の有孔スカート部を、一回の操作で一片に製造することにより所要の空気抵抗、軽量と迅速な生産を得ようとするものであることを認定しうべく、これと見解を異にする乙第二号(梶谷昇次の鑑定書)及び同第三号証(小山欽造の鑑定書)記載の各意見は、当裁判所の賛同しがたいところであり、他に、右認定を左右するに足る明確な資料はない。

この点に関し被告らは、前記明細書中の「発明の詳細なる説明」の欄に「頭1は支幹2と同体であり」と記載されていることを根拠として、本件特許発明は、(1)頭と支幹と力骨の三者が同体であること、(2)その力骨が少くとも二つ又はそれ以上の多数であることを要件とするものである旨主張するが、前掲特許請求の範囲の後半の「頭と互に同体な支幹を有するスカートとから成る羽子」の記載はその構文からいつても、頭とスカートとを羽子の構造部分として並置し、「互に同体な支幹を有する」はスカートにかかるものと解するを相当とし、また、「発明の詳細なる説明」の欄中に被告ら指摘の記載があることは、当事者間に争いがないところであるが、同欄にはまた、「頭を支幹と同体に成型することは有用であるが、通常コルク頭を第一図の5、6、間のスカート部分に固着することができることは明らかである」と記載されており、これらの記載からみても、このようなコルク頭を5、6間のスカート部分に固着するものが、本件特許当明の技術的範囲より除外されているとはみられないから、被告らの前示主張は、理由がないものといわざるをえない。

(被告らの羽子が本件特許発明の技術的範囲に属するか。)

三被告らの各羽子の構造が別紙目録の図面及び説明書記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これによれば被告らの羽子は、すべて頭部と可塑物製スカート部とから構成され頭部の材料は半球状ゴム製中空のもの、半球状スポンジゴム製のもの、半球状コルクに皮革を被覆したものなどの別があり、頭部とスカート部の構造(とくに接合箇所)、両部の接合方法にも若干の差異はあるが、いずれもスカート部は互いに同体な支幹を有し、その支幹は、支幹の延長であり、かつ、支幹と同体である多数の力骨を有していることが明らかであるから、被告らの各羽子は、前記本件特許発明の要部を構成する構造をすべて具備し、したがつて本件特許発明の技術的範囲に属するものといわざるをえない。

被告らは被告らの各羽子は、(1)頭部と羽根体が別であり、(2)本件特許発明における二つ以上の力骨に相当するものを備えてないから、本件特許発明の技術的範囲に属しない旨主張するが、本件特許発明において、頭と羽子とが同体であることを要するものといいえないこと前説示のとおりであり、また、被告らの羽子には別紙目録の図面及びその説明書に示されているとおり、支幹を支持する力骨と目すべきもの(乙第一号証における羽毛部)が多数存在することが認められるから、被告らの右主張は理由がない。

(差止請求について)

四、被告羽立が別紙目録第八図面及びその説明書記載の可塑物製羽子を、その余の被告らが、同じく第一図面から第三図面、第七、第八図面並びに各その説明書記載の可塑物製羽子)バドミントン用シヤトルコツク)(ただし、被告横浜合成樹脂においては、そのスカート部のみ)を、原告主張の頃から、その主張のとおり、それぞれ生産、譲渡又は譲渡していることは、前記のとおり、当事者間に争いがないところ、原告は、被告らは、右各羽子のほか、前掲目録第四図面から第六図面並びに各その説明書記載の羽子をも現に生産、譲渡し、将来においてもこれを継続する虞れがある旨主張するが、これを認めるに足る何らの証拠もない。

しかして、右各羽子はいずれも原告の本件特許発明の技術的範囲に属することは前認定のとおりであるから、被告らはこれらの羽子を生産、譲渡することにより、それぞれ原告の本件特許権を侵害するものというべく、したがつてこれが差止を求める原告の請求は理由があるものということができる。

被告らは、被告らの各羽子は、被告羽立の有する特許第二三三、八九二号の実施品であり、被告羽立は右特許発明を実施するため、本件特許発明を実施できる旨強制実施許諾の審決を得ているから、原告より差止を受けるいわれはない旨抗争するが、このような審決を得たとしても、所定の補償金を支払つたとかこれを供託したとかいうのでなければ(これらの点について、被告らは何らの主張も立識もしない。)、それだけでは、差止を免かれうべくもないことは、多くの説明を要しないところであろう。

したがつて、別紙目録第一図面から第三図面、第七図面及び第八図面並びに各その説明書記載の羽子(被告横浜合成樹脂については、スカート部のみ)に関する原告の生産譲渡の差止請求は理由があるものということができるが、その余の物件に関する部分は、理由がないものといわざるをえない。

(損害賠償請求について)

五、被告らが、昭和三十一年六月一日から(ただし、被告ユチダは、昭和三十三年四月から)昭和三十四年二月末日まで、別紙目録第一図面から第八図面並びに各その説明書記載の羽子(被告横浜合成樹脂においては、各羽子のスカート部のみ)を、昭和三十四年三月一日から同年五月末日まで、同じく第一図面から第三図面、第七図面及び第八図面並びに各その説明書記載の羽子(被告横浜合成樹脂においては、各羽子のスカート部のみ)をそれぞれ生産、譲渡又は譲渡したことは、当事者間に争いがない。

原告はそのほかに、被告らが昭和三十四年三月一日から同年五月末日まで、前掲目録第四図面から第六図面並びに各その説明書記載の羽子(被告横浜合成樹脂においては、各羽子のスカート部のみ)を、それぞれ生産、譲渡又は譲渡したと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

しかして被告らの生産、譲渡したこれらの羽子が、いずれも原告の本件特許発明の技術的範囲に属し、したがつて被告らがその生産、譲渡により原告の本件特許権を侵害したものというべきであること前説示のとおりであるが、この種羽子の生産あるいは譲渡を業とする者は、右物件に関する特許権に注意を払い、その生産、譲渡に際し、これらの権利を侵害することのないよう注意をしなければならないことは、業者として当然の義務というべきところ、被告らがそのような業者であること、及び原告の本件特許発明が、被告らの生産、譲渡当時すでに登録されていたことは、当事者間に争いなく、また、被告らの各羽子が、本件特許発明の技術的範囲に属すること前認定のとおりであるから、被告らがその生産、譲渡当時本件特許権の侵害となることを避けるため、業者として十分な注意義務をつくした事実の認むべきもののない本件においては、被告らは、当時本件羽子を生産、譲渡することが、原告の本件特許権を侵害するものであることを知つていたか、これを知らなかつたとしても少くとも、知らなかつたことにつき過失があつたものと認めるのが相当であり、これを覆えすに足る証拠はない。

被告らは、被告羽立はその有する特許第二三三、八九二号の実施品として本件羽子を生産、譲渡したのであるから、被告羽立には故意過失なく、その他の被告らも、被告羽立の右特許権の行使として、正当に生産又は譲渡しうるとの確信のもとに本件羽子の生産、譲渡をしたもので、故意過失はない旨主張するが、たとえ被告らの各羽子が、被告ら主張の特許発明の実施品であつたとしても、それが原告の本件特許発明と後願の関係にある場合には、被告は原告の許諾がなければ、その特許発明を実施しえない場合があるのであるから、被告らが本件羽子が被告ら主張の特許発明の実施品であると信じたからといつて、それだけで被告らの本件羽子又はスカート部を生産、譲渡する行為が、原告の特許権を侵害することを知らなかつたことにつき、少くとも被告らに過失があつたことを否定し去ることはできない。

原告は、被告らの前記侵害行為により原告が本件特許発明の実施の対価として通常受けるべき金銭の額、すなわち、実施料額相当の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙つたものというべきところ、本件相当実施料が羽子の卸売価格の五パーセントであることは、前示のとおり当事者間に争いがない。

しかして原告は、梱包費及び運搬費を含むその主張の代金額が実施料算定の基礎となるべき卸売価格であると主張し、証人(省略)の証言中には、右主張に添う部分もあるが、相当実施料算定の基礎となるべき卸売価格には、取引通念上これらの費用を包含しないものと認めるのが相当であり、当裁判所の採用しがたい右証人(省略)の証言部分を除き、他に原告の右主張を支持すべき資料はない。

しかして、原告主張の期間中、被告羽立及び被告横浜合成樹脂が、生産、譲渡した七十七万千九百六十九打の羽子の卸売価格(譲渡代金から梱包費と運搬費とを差し引いたもの)は金一億三千五十八万九百九十三円、そのうち(1)被告羽立が被告美津濃に譲渡し、被告美津濃がさらに一般に譲渡した三万七千百九十一打の羽子の卸売価格は金七百五十六万八千百四十六円、(2)被告羽立が被告ユチダに譲渡し、被告ユチダがさらに一般に譲渡した二万六千六十一打の羽子の卸売価格は金三百五十九万六千六百五十一円、(3)被告羽立が被告美津濃と被告ユチダとを除くその他の一般業者に譲渡した七十万八千七百十七打の羽子の卸売価格は金一億千九百四十一万六千百九十五円であることは、被告らの自認するところであるから、本件相当実施料の額は、右(1)から(2)の金額五パーセント、すなわち(1)については金三十七万八千四百七円三十銭、(2)については金十七万九千八百三十二円五十五銭、(3)については金五百九十七万八百九円七十五銭であること計数上明らかである。

しかして、当事者間に争いのない各被告らの実施の態様に徴すれば、原告は被告羽立及び被告横浜合成樹脂に対し、前記の金額、右両被告及び被告美津濃に対し同じく(1)の金額右両被告及び被告ユチダに対し同じく(2)の金額に、それぞれ相当する損害金の賠償を請求しうべく、また、各被告らは、それぞれ前示のとおり関連共同して右損害金については、共同する相被告と連帯して、その賠償をする義務があるというべきである。

したがつて、原告の本件損害賠償請求は、被告羽立及び被告横浜合成樹脂に対し、各自金五百九十七万八百九円七十五銭及びこれに対する不法行為の後である昭和三十四年六月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、右両被告及び被告美津濃に対し、各自金三十七万八千四百七円三十銭及びこれに対する前同日から支払ずみに至るまで前同様の割合による遅延損害金、右両被告及びユチダに対し、各自金十七万九千八百三十二円五十五銭及びこれに対する前同日から支払ずみに至るまで前同様の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるものということができるが、その余は理由がないといわざるをえない。

六、むすび

叙上のとおり原告の本訴請求は、主文第一項から第五項掲記の限度では理由があるものということができるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、九十二条本文、第九十三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第九十六条第一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官太田夏生 佐久間重吉)

目   録

第一図面乃至第八図面及びその説明書記載の如く、底部(18)を設けた頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成し、これらの支幹(2)を力骨(4)(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残し、又は支幹(2)を一部の力骨にて連結すると共に他の力骨を副幹(2)を以つて連結しそれらの間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し前記頭部接合部(7)の下部にゴムスポンジ、コルク、皮等で製造した頭部(1)を糸、ホツチキス綴り針、釘、接着剤等を用いて接合し更に表面にテープ(9)を貼着したバドミントン用羽子。

第一図面及第二図面説明書

第一図は羽子全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。第四図(但し第一図面のみ)はスカート部先端部の拡大図である。中心透孔(17)を有する底部(18)を設け頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成しこれらの支幹(2)を力骨(4)及(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭部接合部(7)に半球状のゴム製中空頭部(1)を嵌合してその重合部分を糸(8)で縫着し更に表面にビニールテープ(6)を貼着したバドミントン用羽子である。

第三図面説明書

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。第四図はスカート部先端部の拡大図である。中心透孔(17)を有する底部(18)を設けた頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成しこれらの支幹(2)を力骨(4)及(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭部接合部(7)に可塑性材料より成る皿形体(10)の底面に半球状のコルク(13)を貼着し更に半球面を皮革(11)を以て被覆し皮革と皿形体側面とを糸(12)にて縫着した半球状の頭部(1)の皿形体(10)を嵌合してその重合部分を糸(8)で縫着し更にその表面にビニールテープを貼着したバドミントン用羽子である。

第四図面及第五図面説明書

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。

中心透孔(17)を有する底部(18)を設けた頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成しこれらの支幹(2)を力骨(4)にて連結すると共に支幹(2)より派出する多数の力骨(3)を副幹(2′)を以て連結することにより支幹(2)並に力骨(4)及(3)間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭部接合部(7)の下部に半球状のゴム製中空頭部(1)を嵌合してその重合部分を糸(8)で縫着し更に表面にビニールテープ(9)を貼着したバトミントン用羽子である。

第六図面説明書

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。

中心透孔(17)を有する底部(18)を設けた頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成しこれらの支幹(2)を力骨(4)及(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に、塑造し、前記頭部接合部(7)の下部に半球状のゴム製中空頭部(1)を嵌合してその重合部分をホチキス綴り針(20)で係止し更に表面にビニールテープ(9)を貼着したバドシントン用羽子である。

第七図面説明書

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。

中心透孔(17)を有する底部(18)に環状突起(14)を設けた頭部接合部(7)より多数の支幹(2)を放射状に形成し、これらの支幹(2)を力

骨(4)及(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し、前記頭部接合部(7)に環状溝(15)を形成した半球状のコルク(13)に皮革(11)を被覆して貼着した頭部(1)を溝(15)に環状突起(14)が嵌合する様に装着し底部(18)にある中心透孔(17)より木ねじ(13)を以て底部(18)とコルク(13)を固定し頭部接合部(7)と頭部(1)の接合部前の表面にビニールテープ(9)を貼着したバドミントン用羽子である。

第八図面説明書

第一図は羽子の全体正面図

第二図は上方より見た平面図

第三図は頭部取付部分の縦断正面図である。

底部(18)の下面に環状突起(14)を設け且つその外周部分にガーゼの如き布(21)を巻付けて突起(14)と糸(22)で縫着した頭部接合部(7)より上方に多数の支幹(2)を放射状に形成し、これらの支幹(2)を力骨(4)及(3)にて連結することによりその間に多数の空隙を残して形成したスカート部(19)を可塑性材料により一体的に塑造し、前記布(21)の部分と底部(18)の下面外周部分に接着糊(23)を塗布して環状溝(15)を形成した半球状のスポンヂゴム製の頭部(1)を溝(15)に環状突起(14)が嵌合する様に嵌合接着し頭部(1)の上縁外周にビニールテープ(9)を貼着したバドミントン用羽子である。

特許庁 特許公報特許出願公告昭二七−一九六二(公告昭二七・六・三 出頭昭二六・三・七 特願昭二六―三四九六 優先権主張一九五〇・三・二三(英国))

可塑物製羽子

発明の性質及目的の要領

本発明は支幹は、それから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする頭と互いに同体な支幹を有するスカートとから成る羽子に係り其の目的は可塑物製羽子の有孔スカート部を一回の成型操作で一片に製造せんとするにある。

図面の略解

第一図は本発明に依る羽子の側面図、第二図はその平面図、第三図は斜面図である。

発明の詳細なる説明<省略>

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